『オタク・イズ・デッド』を読む その2

【「萌え」がわからない】【ミリタリーと萌えオタクの差】
 正直、もうすでに気が重い。話が「萌え」に入ったからだ。ここでの岡田の議論はねじれている。そして、その大きな原因は「萌え」という言葉がもつ両(多?)面性にある。
 「萌え」には大きく二つの要素がある。「感情+対象」と「ジャンル」だ。しかも、はてなキーワードを参照してもらえればわかるように、この二つは分割が不可能なほど入りまじっている。しかし、「感情+対象」から「ジャンル」が派生した。という流れは間違い無いだろう。

(この際だから脱線しちまうと、「萌え」という言葉に慣れ親しんだ人が、たまたま見た夕日が美しいと思っても「夕日萌え〜」とは絶対に思わない。しかし「犬吠埼の夕日萌え」「マイアミビーチの夕日萌え」はありえる。ついでにいうと「夕日萌えな人」もありえる、例に出した「夕日」を「女子高生」に置き換えると全部あり得る。さらについでに言えば、はてなキーワードにすでに萌芽が見られるように「萌え」はすでに歴史を書くことができる言葉になっている。)

内容のまとめ
【「萌え」がわからない】
・岡田の「萌え」理解度
岡田は「萌え」がわからない。という。
それは「全然わかんない」というこではない
少なくとも「『びんちょうタン』はずっとみていた。という程度」にはわかっている。
しかし「評論」するためには「かなり」わかっている必要があり、そのレベルには達してはいない。
・それに対する反応
岡田が「萌えっていうのがわかんないんですよ」と書くと
「岡田が萌えがわからない。あいつは本当のオタクじゃない」と書かれる。
岡田はその論法に「不思議さ」を感じる。

その(萌えを:筆者註)わかってるわかってないがなぜ問題なのか僕もよくわかんない(P16)

【ミリタリーと萌えオタクの差】
「ミリタリー好き(だ)というオタク」はたとえ岡田が「『ティーガー(ドイツ軍のⅥ号戦車・別名タイガー戦車のこと)のこととかよく知らないから』」といっても「『岡田はPanzerkampfwagen Ⅵのこともロクに知らないからオタクじゃない」とは絶対言わない
それは彼らが「同じオタクの住人でもあなたはジャンル違いだから、タイガー戦車のことわからなくてあたりまえ」という常識をもっているから。
岡田によるとオタクという「大陸」には「マンガファンもいれば、アニメファンもいれば(中略)鉄道が好きな人もいる。
そして、「それぞれの人たちが一つのジャンルがわからなかったらといって、他の(オタクの:筆者註)人が『おまえはオタクじゃない』ということはない。
だから、「ミリタリーファンじゃない」「鉄道ファンじゃない」と言われるのはわかるが、(『萌え』というひとに?)「おまえはオタクじゃない」っていわれると「え?いつのまに『萌え』というひとたちがオタクの中心にいることになったの?」という「すごい違和感」があってそれが今も続いている。

内容を考える
前の二節では最近の、若い(という言葉を岡田はこのトークショーでは使っていない。しかし全体として、世代論が重要な役割を果たすので、「若い」という形容をつかう)「オタク」の価値観やその示し方に対する違和感についてだったが、この二節ではさらに「『萌え』というひと」の言動に対する違和感について語っている。

多分続く

(2007.1.22オタク・イズ・デッドって、オタク2.0とか言えちゃうチャンスじゃないか)